ゲーム業界への就職を希望したり実際に就職したりする人は、たいていゲーム業界に詳しい人たちですから、うちのサイトでその手の解説は必要ないだろうと思い、今まで書かないできたのですが、今年あたりの新入社員は、もう物心ついたときには世の中にPSが存在していた世代なんですよね。先日、話をしてて愕然としてしまいました。
さすがに、自分が幼児の頃のゲーム業界についてまで詳しい人たちばかりでは無いでしょうし、ここはひとつ、若い方やゲーム業界にあまり詳しくない方々に向けて、昔語りでもしてみようかと思います。
ファミコンやらその前のPCゲーム時代までさかのぼるとキリが無いし、逆にそういうレトロゲームに関しては割と資料があったりするんですよね。
と、いうことで、テーマは「ゲーム業界におけるSONYの栄光と挫折」。
SONYさんが、ゲーム業界に輝く希望の星だった時代から今までを振り返っていきます。
そう、あのころのSONYは輝いていました。ゲーム業界に颯爽と現れた救世主だったのです…。
Part1 コードネームはPSX
SONYは決して突然ゲーム業界に参入したわけではありません。プレイステーションには、実はその前身となったハードがあるのです。
その、陽の目を見ることの無かったハードウェアの開発コードネームはPSX。任天堂のスーパーファミコンに接続するCD-ROMドライブでした。
当時のゲーム業界では、CD-ROMメディアを採用したゲーム機が既に他社から発売されており、それまでのROMカセットより圧倒的に安く生産でき、かつ生産にかかる期間が短いことから販売機会損失のリスクも少ないCDへの移行は当然のことと思われていました。
が、しかし。任天堂は結局、SONYに続いてフィリップス社とも研究を続けていたCD-ROMの採用を見送ります。理由は想像するしかありませんが、当時からいくつかが指摘されています。
まず、ファミコン発売当初から任天堂は、海賊版の横行によるゲーム市場の壊滅を非常に警戒していました。安価にコピーを作ることが可能なCD-ROMの採用は、メリットよりもデメリットのほうが大きいと判断した可能性が考えられます。
また、当時の任天堂はゲーム機の世界でこそトップシェアを獲ってはいたものの、世間ではまだまだ「京都の玩具会社」というレベル。世界的な大企業であるSONYにハードウェア開発やそのライセンスの根幹部分を握られてしまうことを警戒した、という説もあります。
当時の山内社長が最終判断したと思われるこの決定、正しかったと見るべきか間違ったと見るべきか…?
さて、振られた形になったSONYとしては、とてもこのままでは終われません。
PSXの研究開発で培った技術で、新たなゲーム機「プレイステーション」を開発。
SONYとSMEとが共同でSCE(SONY COMPUTER ENTERTAINMENT INC.)を設立し、家庭用ゲーム市場へと独自に参入するのです。
それはゲーム業界の新たな時代の幕開けでした。
---------------------------------
「Part2 プレイステーション勝利の要因」へ続く。たぶんPart4くらいまで続きます
注:この文章はフィクションです (←大人の事情でいちおう書いておきます(笑))
懐かしいですね…
ちょうどプレステ出た頃はソフトが3,000?5,000円台で安かった記憶が。。(本体は高かったけど)
スーファミのソフトが10,000円近くで当時のお子様の自分が手を出すには高くなりすぎてましたしね。ゲームボーイに流れる人もいたな。。
PS2に比べてもPS1は出たソフト数も多くて業界自体もなんだが活気に湧いている印象がありました(外から見てると)
今も新作よりWiiのバーチャルコンソールで懐かしいゲームをついやってしまうときが。。レトロになってきたなー…
>kt- さん
ああ、kt-さんが話についてきてくださってる!
今のゲーム会社の新入社員は、もうこのへんの話題が実感無いんですよ?。ジェネレーションギッャプですよホント。